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腕塚町
(うでづかちょう)
大正時代の西部耕地整理の際、腕塚町と名付けられました。由来は、一ノ谷の合戦で西城戸の大将であった平忠度が、この地において腕を切られ、その塚や腕塚堂があることから名付けられました。
町は、北の国道2号線に東西に沿った細長い地域で、五位ノ池線周辺は商業集積地になっています。また腕塚5、6丁目は阪神・淡路大震災によって特に大きな被害を受けた地域で、再開発ビルのアスタくにづかが建ち、町並みは大きく変貌しています。
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